呪術廻戦考察 禪院扇が当主になれなかったのは本当に真希・真依のせいなのか?
禪院家当主になれなかったのは真希・真依のせいだと言っていた禪院扇
禪院真希・真依の父親である禪院扇は、真希に対して
「何故私が当主になれなかったか… それは子供のオマエ達が出来損ないだからだ…!!」(呪術廻戦 第148話)
「何度でも言うぞ 私が前当主に選ばれなかったのはオマエ達のせいだ」
「兄の術式は歴史が浅く 相伝であるか否かはそこまで争点ではなかった」
「術師として唯一つを除いて兄に遅れをとったことはない 唯一 子供の出来のみ」
「子が親の足を引くなどあってはならない」(呪術廻戦 第149話)
と言っていました。
多くの人が、この禪院扇の言葉を素直に信じてしまい…
「そうなのか 禪院扇が当主になれずに禪院直毘人が当主になったのは、娘である真希・真依の出来が悪かったせいだったのか!」
と思ってしまうところですよね。
ですが… この禪院扇の言葉は素直に信じてしまってはいけないものみたいなんです!
禪院扇が当主になれなかったのは自分の力が足りなかったから!?
禪院扇の言葉を公式ファンブックが否定していた!
禪院扇が自分が当主になれなかったことを真希・真依のせいにする発言を行った「呪術廻戦」第148話・第149話が週刊少年ジャンプに掲載されるよりも前に発刊された「呪術廻戦公式ファンブック」の57ページには…
「直毘人が禪院家の当主となった経緯は何でしょう?」というQに対して
「単純に呪術師として強いからです。強さだけなら甚爾も相当ですが、彼は呪具が無いと対人間でしか戦えないので。」というAが掲載されています。
この「呪術廻戦公式ファンブック」に記載された内容こそが真実であるとするなら、禪院扇の言っていたことは真実ではなく…
当主になれなかったことを自分の力不足と認めることができない禪院扇は、自分のプライドを守る為に真実を捻じ曲げてしまっていたということになりそうです。
ですが… 「呪術廻戦公式ファンブック」には
※本書は「呪術廻戦」15巻までの内容をもとに構成しています。今後の本編の展開次第で設定などが変更になる場合がございますので、予めご了承下さい
と記載されていますので…
簡単に禪院扇の言葉は事実ではないと決めつけてしまうわけにはいかないかもしれません。
禪院直哉は禪院扇のことを完全にナメていた
禪院家26代目当主・禪院直毘人の訃報が届く直前に直毘人の息子である禪院直哉は、禪院扇と禪院甚壱の前で、次の禪院家当主は自分だと決めつけ…
「俺の兄さん方は皆ポンコツやし 叔父…… 弟のアンタもパッとせぇへん その娘は論外 甚壱君はなぁ…… 顔がアカンわ 甚爾君と逆やったらよかったのにな」
と言っていました。(呪術廻戦16巻 第138話)
禪院直哉が叔父である禪院扇のことを完全にナメきっていたことが、この言葉でわかりました。
覚醒した禪院真希を禪院直哉は苦しめたが禪院扇は…
禪院麻衣が、この世から去ったことによって覚醒した禪院真希は、禪院扇をアッと言う間に瞬殺してしまいましたが…(呪術廻戦 第149話)
禪院直哉は、敗れはしたものの覚醒した禪院真希をかなり苦しめました。(呪術廻戦 第151話)
ですから、覚醒した禪院真希をモノサシにして禪院扇と禪院直哉の強さを測ると禪院扇の強さは、禪院直哉に遠く及ばないものだったということになり…
禪院扇が禪院直哉にナメられていたのも無理はないことのように思えます。
そして、禪院扇の呪術師としての力量が兄・禪院直毘人には及ばないものであったことも間違いないように思えますね。
したがって… やはり「呪術廻戦公式ファンブック」に書かれていたとおりに禪院直毘人が当主になったのは「単純に呪術師として強いから」であり…
禪院扇は自分が当主になれなっかたことを真希・真依のせいにしていましたが、それは真実ではないということになりそうですね! 呪術師としての力量はそれほどでもないくせにプライドだけはやたら高かった禪院扇は、自分が当主になれなかったのは娘たちのせいだと思い込むことによって自らのプライドを保っていたんでしょうね!
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※この記事は集英社刊ジャンプコミックス・芥見下々著「呪術廻戦」1~18巻、「呪術廻戦0巻 東京都立呪術高等専門学校」「呪術廻戦公式ファンブック」、週刊少年ジャンプなどを資料にしています。
本文中( )内に呪術廻戦○巻 第○話とある場合は該当巻・該当話を参照したことを意味します。